「AI文章」が不自然になる原因

AIに書かせた日記をそのまま貼った後、常連さんから「この間のやつ、なんかいつもと違ったね」と言われちゃったり。

何が違ったのかは、向こうもうまく説明できない。こっちも分からない。

内容が間違っていたわけではありません。書いてあることは合っている。それでも、いつもの日記とは違って読める。

不自然さは、たいてい中身ではなく文章の形や雰囲気から出ます。

最初に目につきやすいのは、語尾です。

そろっているところから違和感が出る

AIの文章は、放っておくと語尾がそろいます。

「〜でした」

「〜でした」

「〜と思いました」

三つ続いたあたりから、読んでいる側は内容よりも文章のリズムを意識し始めます。

そろうのは語尾だけではありません。一文の長さもそろう。段落の長さもそろう。三文ずつのかたまりが、同じくらいの間隔で並びます。

急いで書いた文章は、そこまで整いません。長い文のあとにいきなり「眠い。」が来たり、途中で別のことを思い出して話が横へずれたりする。考えながら書くので、行が不揃いになるんですよね。

AIに任せきると、この揺れが消えて、全部が平均的な長さに寄りがち。

直すなら、そのとき本当に思った短い言葉を一つ残すのが早いです。「疲れた。」でも「お腹すいた。」でもいい。それだけの行が一つあると、前後の整いすぎが少し崩れます。文章らしく言い換える必要はありません。

全部が同じ重さで書かれる

読まれている日記は、たいてい一点だけ濃くなっています。

他の話は流しているのに、一つのことだけやたら細かい。爪の色の話が五行続いて、その日の出勤や予約の話は一行で終わっている、みたいな形です。何に引っかかったのかが見えるので、読んだあとに一つ残ります。

AIに一日の出来事をまとめて渡すと、こうはなりません。出勤した、お客さんが来た、楽しかった、また来てください、が同じ厚みで並びます。全部が間違っていない代わりに、どこにも引っかからない。

語尾を直しても、ここは変わらないままです。

書かせたあとに一段落だけ選んで、そこだけ自分で足すほうが早いです。どこを濃くするかは、その日いちばん長く考えていたことで十分。仕事の話でなくてもいいし、コンビニで見つけた新商品でも、帰りに靴ずれした話でも構いません。

一日を全部きれいに残すより、一つだけ残したほうが日記らしくなります。

名前が出てこない

AIは、あなたが昨日どこで何を食べたかを知りません。

知らないまま書かせると、名前が必要なところが抽象的になります。

「美味しいご飯」

「素敵なお店」

「かわいい服」

意味は通じます。ただ、輪郭が残らない。

実際にあったことを書くときは、「ローソンのからあげクン」のように物の名前が出ます。固有名詞が一つ入るだけで、作った話ではなく、その日にあった話として読まれます。

ただし、名前なら何でも出せばいいわけではありません。全国で買える商品や飲み物の名前は使いやすいですが、店名や駅名、地域限定の商品は、何度か重なると行動範囲を絞る材料になります。

物の名前は出す。場所の名前は出しすぎない。日記らしさを足すために、身バレの材料まで足す必要はないです。

自分が使わない言葉が混ざる

文章の形が整っていても、普段使わない言葉が一つ入るだけで急に別人に見えます。「素敵なひとときでした」「心が温かくなりました」あたりが出やすいところです。

こういう言葉を普段から使う人なら問題ありません。普段は「楽しかった」「笑った」「また話したい」くらいで書いている人が急に使うと、そこだけ浮きます。

正しい日本語かどうかではなく、自分が言いそうかどうかです。

AIが出した文章を直すときは、うまい表現を探すより、自分では使わない言葉を消すほうが早い。少し雑でも、普段の言葉に戻したほうが、いつもの日記として読まれます。

前の日とつながっていない

ここがいちばん直しにくいところです。

前回の日記を渡していなければ、AIは前に何を書いたのかを知りません。毎回まっさらな状態から書かせると、日記も毎回まっさらになります。今日のことだけが書いてあって、先週の話には触れない。

読んでいる側は、そうではないです。指名で通っている人は、前回の日記も会話も覚えています。次に会うまでの間、その話の続きを待っていたりする。

そこへ、過去のない日記が毎日並ぶ。

指名のお客さんが離れるとき、きっかけは文章の出来ではありません。前の話を覚えていない、と感じたところで距離ができます。文章がうまくなっても、この線が切れていれば同じです。

対処するなら、前の日記を二、三本まとめて渡してから書かせる形になります。渡す前に、客の名前や店名、場所を消しておく。そこまでやるのが面倒なら、本当に続きがある日だけ、書かせた文章の頭に一行足します。「この前の話の続きなんですけど」「前に書いたネイル、結局こうなりました」。一行あるだけで、前から続いている日記として読まれます。

感情の語が最後にだけ置かれる

AIの文章では、感情を表す言葉が締めの位置に置かれます。楽しかったです。嬉しかったです。幸せな時間でした。

書いてはいけない言葉ではありません。ただ、その前ですでに楽しかったことが伝わっているなら、最後にもう一度説明すると急に薄くなります。

普段の日記では、何があったかを細かく書いて、感情の名前は書かないまま終わることも多いはずです。書かなくても伝わるので。

試しに、AIが出した文章の最後の一文を消してみてください。消しただけで急に読めるようになることがあります。なくしても内容が変わらないまとめの一文なら、無理に残さなくても困りません。

整いすぎている

誤字がない。話がきれいに着地する。最後は「また明日も頑張ります」で終わる。

一つずつ見れば、悪いところはありません。ただ、毎回同じように整っていると、文章よりも型のほうが見えてきます。

実際の日記は、そこまできれいに終わらない日があります。途中で眠くなったり、書いているうちに別の話へずれたりする。

ここで、わざと誤字を入れる方向には行かないほうがいいです。狙って崩すと、今度は崩し方が毎回そろいます。「人間らしさを出すための誤字」が定型になるだけで、ひと月続ければそちらのほうが目立ちます。

わざと途中で切る必要もありません。話が終わったところでやめて、まとめの言葉を足さない。それだけで足ります。

結論を書かない日があってもいいし、続きは次の日に回してもいい。毎回きれいに着地させないだけで、整いすぎはかなり減ります。

直すのは二か所でいい

全部直そうとすると、結局まるごと書き直すことになります。それではAIを使った意味がなくなります。

時間をかけずに直すなら、最初の一行と最後の一行です。

最初の一行は、続きを読むかどうかを決められる場所。ここが毎回同じ書き出しだと、その先も定型に見えます。最後の一行は、書いた人の顔が残る場所です。ここに毎回「また明日も頑張ります」「会いに来てください」が入ると、本文まで定型文に見えてきます。

真ん中は、最初と最後ほど印象を決めません。多少語尾がそろっていても、そのままで通ります。

最初に、その日しか書けない一行を足す。最後に、なくても意味が変わらない締めを消す。それだけで、だいたいのAIっぽさは落ちます。

お客さんの側から見たときに、そもそもどこまで気づかれているのかはAIが書いた写メ日記はお客さんに分かるのかにまとめています。