夜職とインボイス制度と事業者登録

店から「インボイスの登録番号を教えて欲しい」と言われた。

登録していないなら、報酬から何パーセントか引かせてもらう、と続くこともあります。言われた側は、そもそもインボイスが何なのかよく分からないまま、登録したほうがいいのか、しないと損なのかを考えることになります。

周りに聞いても、登録した人としていない人がいて、理由もばらばらです。開業届と同じものだと思っている人もいるし、登録すると本名が出るらしい、とだけ聞いて様子を見ている人もいる。税金の話は、分からないまま返事だけ求められているときがいちばん気が重いものです。

事業者登録という一つの手続きはない

店の中では「事業者登録」とまとめて呼ばれることがありますが、この話で混ざりやすい手続きは二つあります。

一つは、個人で仕事を始めたことを税務署へ知らせる「個人事業の開業・廃業等届出書」です。いわゆる開業届で、所得税の側の手続きになります。2026年1月1日以後に開業した人は、開業した年の確定申告の期限までに出せば間に合います。青色申告を使うための「青色申告承認申請書」は、これとは別に出す書類です。

もう一つが、消費税の「適格請求書発行事業者」の登録です。こちらがインボイス登録で、登録されると「T」に13桁の数字が続く登録番号が付きます。個人に付く13桁はマイナンバーではなく、登録のときに別に作られる番号です。開業届を出してもインボイス登録にはならず、インボイス登録をしても開業届を出したことにはなりません。店から「Tから始まる番号を教えて」と言われているなら、聞かれているのはインボイスの登録番号です。

店が番号を欲しがる理由

インボイスは、登録する本人の側だけを見ても分かりにくい制度です。番号を欲しがる店の立場から見ると、話がつながります。

消費税を納めている店は、お客さんから受け取った消費税から、外に払ったお金に含まれる消費税を差し引いて、納める額を計算します。これを仕入税額控除といいます。業務委託の報酬として女性に払っているお金も、この「外に払ったお金」に入ります。インボイス制度では、この差し引きをするのに、登録した相手から受け取ったインボイスを取っておくことが原則として必要になりました。登録していない人に払った報酬は同じようには差し引けないので、そのぶん店が納める消費税が増えます。

ここで先に確かめておきたいのが、自分への支払いが給料なのか、業務委託の報酬なのかです。雇用契約にもとづく給料は、もともと差し引きの対象に入りません。給料として払われているなら、店がインボイスを集める理由がそもそもない。逆に業務委託の報酬なら、消費税がかかるサービスへの支払いとして扱われます。ただし、明細に「報酬」と書いてあるから業務委託、と表の言葉だけでは判断できません。税務上どちらの扱いで払っているのかを、まず店に聞きます。

店が差し引ける割合は少しずつ減る

2023年10月にインボイス制度が始まったとき、登録していない人への支払いが一度に全く差し引けなくなったわけではありません。店の負担が急に増えないよう、経過措置が入っています。2026年度の税制改正で期間と割合が見直され、いまは次の形です。

支払いの時期 店が差し引ける割合
2023年10月〜2026年9月 80%
2026年10月〜2028年9月 70%
2028年10月〜2030年9月 50%
2030年10月〜2031年9月 30%
2031年10月以降 0%

たとえば、登録していない人へ税込11万円を払い、その中の消費税を1万円とすると、2026年9月までは8,000円を差し引けます。10月からは7,000円です。時期が進むほど、差し引けずに店が持つ部分は大きくなります。

それでも、何も言ってこない店がおかしいとは限りません。店によっては、受け取ったインボイスを一枚ずつ積み上げるのではなく、売上の消費税から決まった割合を引いて計算する「簡易課税」を使っています。この場合、インボイスがあってもなくても店の納める額は同じです。給料として払っている店や、負担を店の中で処理している店もあります。ほかの店で聞かれなかったからといって、この店の言い分が間違っているとは言えないし、どの店もいずれ番号を求めてくるとも決まっていません。

報酬を下げる話は制度とは別に見る

店が負担を避けたいことと、報酬を店の都合で下げてよいことは同じではありません。

公正取引委員会などは、登録していない相手に登録をお願いすること自体は問題ないとしています。一方で、登録しなければ報酬を下げる、応じなければ取引をやめると一方的に告げたり、十分に話し合わずに店の都合だけで低い金額を決めたりすることは、独占禁止法などの問題になりうると示しています。

だから見るのは、何パーセント引かれたかだけではありません。いつから変わるのか、なぜその割合なのか、こちらと話したうえで決めたのか。説明のないまま明細の金額だけが減っているなら、インボイスの仕組みとは分けて店に聞くところです。税金の制度があることと、店が示した報酬の条件がそのまま正しいことは、別の話になります。

登録すると自分も消費税を申告する

インボイスに登録すると、登録しているあいだは消費税を納めなくてよい「免税事業者」ではいられません。売上が小さくても、所得税の確定申告とは別に、消費税の申告が必要になります。

もともと個人の場合、2年前の売上が1,000万円を超えると消費税を納める側になります。1,000万円以下でも、前の年の1月から6月までの売上などで納める側になる仕組みがあるので、今年1,000万円を超えていないから必ず免税、とは言えません。

免税だった人がインボイス登録をきっかけに納める側になった場合は、負担を軽くする特例があります。

個人の年分 特例 納める額
2026年分 2割特例 受け取った消費税の2割
2027年分 3割特例 受け取った消費税の3割
2028年分 3割特例 受け取った消費税の3割
2029年分以降 特例は終了 通常の計算か、条件を満たせば簡易課税

年間の報酬が税込550万円なら、その中の消費税は50万円です。2026年分の2割特例なら納めるのは10万円、2027年分と2028年分は15万円になります。どちらの特例も、登録をきっかけに納める側になった人が対象で、売上の大きさなどでもともと納める側だった人は使えません。

特例が終わる2029年分からは、簡易課税を選ぶか、実際に払った消費税を積み上げて計算するかになります。簡易課税でも仕事の区分によって引ける割合が違うので、自分の仕事がどの区分に入るかは税務署で確かめてください。店から番号を聞かれたときにまず出しておきたいのは、登録すると自分の消費税がいくらになるかを、自分の報酬の額で計算した数字です。

登録番号から本名は確認できる

税額と同じくらい先に知っておきたいのが、名前の話です。

個人がインボイス登録をすると、国税庁の公表サイトに氏名、登録番号、登録日、登録をやめたときはその日付が載ります。住所は載りません。屋号や事務所の所在地は、自分から申し出た場合だけ載ります。

公表サイトは、名前を入れて人を探す仕組みではありません。登録番号を入れて、その番号の持ち主を確かめる形です。登録しただけで源氏名から本名を調べられるようになるわけではない。ただ、店や取引先に伝えた登録番号を知っている人は、その番号を入れれば氏名を確認できます。

住民票に旧姓や通称が併記されていれば、手続きをして氏名の代わりに載せることもできます。ただし、仕事で使っている源氏名に置き換える仕組みはありません。店には採用のときに本名を伝えている人が多いので、店が本名を知ること自体で増えるものは多くない。気にしておくのは、番号を知った人がそこから本名を確認できる、という形を受け入れられるかどうかです。これは登録する前に決めておくところです。

番号を持つ側になるかを決める

番号を聞かれたその日に申請する必要はありません。次の出勤で「番号が分かったら送って」と言われても、持っていなければ送れないだけです。その間に、店にいくつか聞いておきます。自分への支払いは給料なのか業務委託の報酬なのか、登録しない場合に報酬の条件はどうなるのか、条件を変えるならその理由は何か。そのうえで、登録したときに自分が納める消費税を自分の報酬の額で計算し、番号から本名を確認できることも受け入れられるかを考える。特例を使えるかどうか分からなければ、税務署の相談窓口で自分の数字を見せて聞けば答えが返ってきます。インボイスは、店へ番号を一つ伝えるだけの手続きではありません。その番号を持つ側になるかどうかを、店の条件と自分の数字と名前の扱いの三つを並べて決める手続きです。